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新浦安日記

ゼミのこと、研究のこと、大学のこと

移住願望、その3

8月8日(土)

 暑い。朝5時台に起きてジョギングをしても、ものすごい量の汗をかく。その後で体重計にのるとかなり体重が落ちている。下手をすると1㎏近く落ちている日もある。もちろん、額面通り受け取ってはいけない。あくまでも「追い風参考値」である。落ちている重さの大半が水分量に過ぎないからだ。
 
 知り合いの韓国人のご夫妻から参鶏湯の差し入れをいただいた。
 参鶏湯は、日本のウナギのように韓国では夏バテ防止の食べ物である。韓国料理は辛いイメージがある。でも私は韓国料理はベースの味付けは、実は日本の料理よりも薄味だと思う。その差し入れの参鶏湯もマイルドな味付けで食べやすく、とても美味しくいただいた。

 
 日本語教師をしている妻が今担当している学習者にノルウェー人がいる。在日ノルウェー大使館に勤務している彼は、いま一時的にノルウェーに帰国中で、Zoomでリモート授業をしている。
 彼はベルゲンの郊外にセカンドハウスを所有しており、そこに滞在中らしい。そのセカンドハウスは、絶景のフィヨルドを見下ろす丘の上に建っているそうだ。ここ最近の気温を聞くと最高気温が14~5℃だという。寒くないのかと妻が聞くと、「寒くない、この後、海岸に降りて泳ぐ」と言っていたとのこと。


フィヨルド(イメージ)(写真はガイランゲルフィヨルド)
fiyorud (1)


 
 う、うらやましい。
 でも確かに、私が去年滞在していたフィンランドも、気候的には同じ感じであった。アパートの部屋にはエアコンがなく、真夏でも夜には窓を閉めないと寒いくらいであった。おまけに6~7月は白夜の季節であった。森に囲まれた湖の岸辺で、いつまでも暮れない薄暮の時間を、物静かなフィンランドの人々が愛しむように思い思いに楽しんでいる。そんな情景を、つい昨日のことのように思い出す。

 
 日本では、昼間はもちろん、夜寝ているあいだもずっとエアコンをつけていないと耐えがたい暑さである。そして、そのようにずっとエアコンをつけているという状態自体、私には耐えがたい。こんな風にエアコンを付けっぱしで過ごすなど、人間の暮らしとしてどこか間違っていると思う。
 そして、やはり田舎に移住したい、と改めて思うのである。
 昼間は暑くてもいい。でもせめて夜は熱帯夜でなく、エアコンなしで過ごせる場所がいい。そう思いながら、ここ数日、山梨県北杜市周辺の不動産情報をネットで物色中である。
 


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[ 2020/08/09 13:02 ] ひとりごと | トラックバック(-) | CM(0)

再び、移住願望

8月7日(金)

 久しぶりに都内へ出た。
 朝10時半頃に家を出てバス、JR、地下鉄を乗り継いで永田町へ。BPOでの会合のあと大学に行って研究室でちょっとした仕事をこなす。研究室に入ること自体が久しぶりであった。大学はシーンと静かである。大学に1時間ほどいて、すぐに引き上げる。帰宅したのは16時頃であった。


IMG_20200803_152729797 (1)

 
 つまり、あわせて2時間ほどの2件の用事のために朝10時半から夕方16時まで5時間半ほど外出していたことになる。都内は、今年初めての猛暑日とあって大量の汗をかいた。感覚的には、この外出だけで1日がほぼ終わってしまう。

 最近、ネット(Zoom)で殆どの用事を済ませているため、時間とエネルギーの観点からすると効率悪いなあと思う。ネットで済むなら、自宅にいたまま2時間ほどパソコンに向かっていれば良いだけである。他にいろいろなことができる。
 もちろん、対面でなければどうしてもできないことはある。社会関係の基本である人間関係は、基本的にネットだけではうまく形成も維持もできない。だが、withコロナ時代には対面とオンラインの使い分けが、様々な分野で進んでいくだろう。


 そんなアレコレを考えていて、改めて都心から離れたところに移住したいなあと思う。

 先日、移住願望のことを当ブログに書いたところ、実家が静岡・三島にあるゼミ生から「三島、いいですよ」と勧められた。確かに。週1~2度の通勤であれば、新幹線通勤も視野に入れてよいかもしれない。
 そうなると東京からかなり離れたエリアも候補に入れられる。静岡の三島~富士、栃木の宇都宮~那須塩原、群馬の安中~沼田、長野の軽井沢~佐久、新幹線ではないが山梨の甲府~北杜といった辺りである。そういう辺りまで候補とするなら、広めの土地に平屋の一戸建て(菜園つき!)、というのもリアリティが出てくる。

 いろいろと妄想が膨らむ。
 5年後はともかく、おそらく10年後には、私はここ(浦安市)に住んでいないと思う。


[ 2020/08/08 08:11 ] ひとりごと | トラックバック(-) | CM(0)

ヒロシマ・原爆忌に

8月6日(木)

 非常勤の大学(K女子大)では、前期の授業が終了した。
 全14回。毎回3~4本の動画を用意して配信した。そのうちの1本目の動画は必ず顔出しの形にした。私の顔など出しても出さなくてもいいようなものだが、教員が顔を全く見せないのも何となく失礼な気がするからである。受講生が飽きたり眠くなったりしないように、できるだけ多く画像や動画を入れるといった工夫もした。決して十分とは言えないが、私なりにできることはやったつもりである。

 最終回のリアぺでは、「半年間、お世話になりました」「面白かったです」「毎回楽しみにしていました」などといった声が寄せられた(今どきの大学生は心優しいのだ)。その中にえっ?と思う声があった。「先生のように毎回動画を用意して配信してくれる授業は、先生以外には1つしかなく、あとは課題が提示されてそれを書いて提出するという形でした。」という。
 本当だろうか?本当だとすると、それはちょっと可哀そうというか、不平不満が出ないのだろうか。。。

 
 75年目の広島・原爆の日。
 各局のニュースでは広島の平和祈念式典その他の話題を取り上げていたが、ニュース以外の番組で原爆関連のテーマを扱っていたのは『NHKスペシャル 証言と映像でつづる原爆投下・全記録』の1本のみであった。
 かつて、多いときには8月6日の1日だけで、NHK・民放あわせて10数本の関連番組が放送されていた時代もあったから(1960年代)、やはり確実に風化が進んでいる。

 『NHKスペシャル』も、どことなくマンネリ感が否めない。それはある意味で仕方ないかもしれないが、今原爆関連のテーマを扱うなら、なぜ国連の核兵器禁止条約の問題を正面から取り上げないのかと不思議に思う。忖度報道機関の限界ということか。

 日本は「唯一の戦争被爆国」として「核兵器のない平和な世界の実現」を世界に訴えるポーズをとっているが、その実、国連の核兵器禁止条約には反対の立場をとり続け、批准を拒んでいる。アメリカの核の傘に守られているという立場ゆえである。
 そうした矛盾を正面から見据えることなく、抽象的に「過ちは二度と繰り返しません」と言い続けて「ヒロシマの心」を訴え続けても、それは結局は「内向き」の訴えに留まってしまう。そうした矛盾を抱えたままでは、諸外国の人達が耳を貸すことはない。

 NHKは、1980年代後半くらいから、ほぼすべての年の8月6日に原爆をテーマにした『NHKスペシャル』を放送し続けてきた。そのうちの1本は私も制作に関わった。歴史ある8月6日の『NHKスペシャル』が、「古典芸能」化されることがあってはならない、と強く思う。

 

[ 2020/08/07 16:54 ] テレビ番組 | トラックバック(-) | CM(0)

ゆっくり少しずつ

8月2日(日)

 ダイエット開始から4か月あまりで、ついに8㎏減となった。嬉しい!
 ここ最近は減量ペースが落ちていて、7㎏減から8㎏減まで1㎏痩せるのに1か月以上かかった。でもまあ少しずつでも減り続けているからよしとする。これで3月の人間ドックで指摘された各種数値もだいぶ改善されているはずだ。

 これまでに何度かダイエットを試み、いったんは痩せるものの、その後半年~一年で元に戻ってしまう、ということを繰り返してきた。でも今回はたぶん大丈夫だという自信が少しある。あまりつらくないからである。 
 大好きなチョコレートだって量は少なめだが毎日食べている。食事も炭水化物を少なめにしているが、三食ちゃんと食べている。今までのダイエットでは、昼食をヨーグルトだけにしたり、週末断食を試みたり、とにかく無理をしていた。そういう方法では短期的には痩せられても、結局リバウンドしてしまう。
 
 運動はほぼ毎日(週5~6)、ジョギングをしている。が、大してつらくない。ゆっくり走っているからだ。いわゆるスロージョギングである。傍から見ると「それ走っているんですか?」と言われかねないスピードである。
 昨日など、いつものコースを走っていたら、横から早足のオジサンに危うく抜かれそうになった。しかし、いくら何でも歩行者に抜かれるわけにはいかない。しばらくのあいだ、そのオジサンと低速のデッドヒートを静かに展開し、ようやく引き離した。
 まあ、そういうペースなのである。そういうペースだから、走りながら研究のことなどをいろいろ考えて頭の整理をするのにちょうど良い。だから大してつらくない。


 ことほど左様に、何かを過剰に我慢したり、つらい空腹に耐えたり、きつい運動を頑張る、というようなことがないから続けられる。
 たぶん、このやり方で間違っていない。ただ、体脂肪率やBMIからいうと、まだ痩せなければならない。目標はあと4~5㎏減。これからさらに減量ペースは落ちるだろうが、ゆっくり焦らず、とにかく続けていこう。



[ 2020/08/03 07:04 ] ひとりごと | トラックバック(-) | CM(0)

移住願望

8月1日(土)

 自宅で過ごす時間が長いのは良いのだが、最近なぜこんな都心に近い所に住んでいなければならないのかと疑問が湧く。私は四国の田舎出身であり、もともと都会が好きではない。仕事が東京だから仕方なく東京(の近く)に住んできた。
 しかし、これからはテレワーク時代である。大学はさすがにずっとオンライン授業ではなかろうが、コロナ収束後もオンラインと対面授業の組み合わせという形が定着する可能性はある。となると、ずっと今の大学にいるとしても、都心に通うのは週に1~2回位になるかもしれない。

 もしそうなら、遠距離通勤でもいいから都心から離れた所に住みたい。東のほうなら印西市、我孫子市、つくば市、成田市あたり。西のほうなら、所沢や川越よりもさらに遠いところがいい。飯能とか東松山とか小川町とか、そういう辺りか。


 妄想ついでにホームズとかSuumoのような住宅情報サイトでいろいろと物件を検索してみる。
 田舎に住むならやはり一戸建てがいい。だがいろいろ見ているうちに愕然とする。一戸建て住宅の間取りがあまりに没個性的だからだ。判で押したように4LDKである。そして1階にLDKと和室、2階に個室が3室ある(1階と2階が逆の場合も有り)。新築・中古を含めて8~9割がこのタイプではないか。

 この画一的な間取りが前提としているのは、高度経済成長期以来、日本で長く定着してきた夫婦+子供2人という標準的な家族像である。3つの個室のうち1つは夫婦の主寝室、残り2つは子供部屋というわけである。それからLDKに隣接する和室は、年に何度来るか分からない来客用の客間ということか。
 家族の形もライフスタイルも多様化しているにもかかわらず、日本の住宅業界は、今や少数派に転じたステレオタイプな家族像に縛られたまま、没個性的な住宅を大量に供給し続けてきたのである。まあ、4LDKは家族が3人でも5人でも住み方次第で応用の効く、そういう意味で汎用的で「最大公約数」的な間取りということでもあるのだろう。


 子供のいない私は、一戸建てに住むなら、広めのリビングに広めの書斎、それに寝室、来客用の個室があればなお良しというところである。それに、できるなら平屋がいい。イメージ的には100~120㎡くらいの平屋の3LDKである。
 しかし、そんな家はどこにも売っていないから建売ではなく注文住宅か。当然広めの土地が必要である。80~90坪以上はほしい。やはり予算的にもかなり都心から離れる必要がある。どこかで少々不便でも安くて広い土地を手に入れ、あとは最近はやりの設計コンペで家を建てるというやり方がいいかもしれない。

 そういえば、妻は太極拳で師範の資格取得を目指していて、将来は教室を開ける道場が欲しいと言っている。道場も作るなら、80~90坪の土地では足りない。120坪?200坪?
 

 そこまで考えて、だが、と思う。
 この超災害大国で諸行無常の日本において、住まい(不動産)などというものにこだわって多くの金と時間とエネルギーをかけることにどれほどの意味があるのだろうか?
 ・・・まあ、いずれにせよ、コロナの収束までは今の家に逼塞している以外に選択肢はない。



[ 2020/08/02 09:04 ] ひとりごと | トラックバック(-) | CM(0)

散髪

7月31日(金)

 7月ももう終わりである。早い。
 他の大学の先生たちからは前期の授業終了の声が聞こえてくる。私も非常勤の大学では来週で授業終了だが、本務校ではまだ続く。このあとお盆休み(一週間)を挟んで八月いっぱい授業である。
 授業準備もまだ完全には終わっていない。授業動画の作成&収録があと数回分残っている。さすがにもう疲れてきた。学生側も同じではないか。

 ともあれ、昼間は授業の準備、午後車の定期点検のため江東区南砂町のディーラーへ。帰宅後、夕食をとりながらカープがジャイアンに負けるところを途中まで見て、19時半からは研究会に参加(Zoom)。
 研究会では、日本と韓国の国民意識の形成に歴史記憶がそれぞれどう関わっているかについての報告を聞く。報告者も大家だし、参加者のなかにも著名な先生方が多数。とても勉強になった。

 それにしてもコロナの再拡大が止まらない。紫外線や高温多湿に弱いという説は一体何だったのだろうか。
 だからできるだけ外出したくない。髪も自分で切っている。理髪店にはもう半年くらい行っていない。去年、ヨーロッパに滞在したとき、散髪用のハサミを持っていった。言葉が不自由な国でよく知らない理髪店に入り、髪の切り方を細かく説明するのは考えただけでもうんざりである。「前から上にかけては1.5センチくらい。あとは全体を揃える程度で、襟足は軽く刈上げて下さい」とか、私の語学力ではうまく言えない。
 
 そんなわけで、去年はフィンランドのアパートで何度か自分で散髪した。
 今年もコロナ以降は、自分で髪を切っている。下に新聞紙を広げて洗面所の鏡の前に立ち、手鏡を片手にまずは鋤きバサミを使っておおざっぱに切る。そして耳周りなどを揃え、襟足は髭剃り用シェーバーとカミソリを使って処理する。体は大きいが、意外と手先が器用なのである。とはいえ、ところどころ虎刈りになることも。でもまあ、私の後頭部をまじまじと見る人など誰もいないから別に気にしない。
 ものの10分ほどで終了する。これで十分である。これからもずっと自分でやろうと思う。



[ 2020/08/01 07:21 ] ひとりごと | トラックバック(-) | CM(0)

Haiku(俳句)!!

7月28日(火)

 後期の授業については、必要性が高い一部は条件付きで対面授業を行ってもよいという方向で話が進んでいる。
 ゼミ生に聞いてみると、やはり対面でやりたいという声が多い。私もゼミくらいは対面でやりたい。でも感染リスクのことを考えるとちょっと及び腰にもなる。対面授業を実施するには検温だの席の配置だのその記録だのとハードルが高く、ひとたび感染者が出ると事は自分達だけでは済まないこと等を考えるといろいろ面倒である。でも毎週でなくても、たまにでも対面でやる方向で考えたい。


Haiku君(9週間、犬種不明)
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 去年、フィンランドでお世話になったカティア・ヴァラスキヴィ先生とメールで連絡をとった。彼女は、タンペレ大学での私の受け入れ窓口になってくれた。その後、彼女は去年9月から、ヘルシンキ大学の准教授になっている。
 実は来年秋に彼女を日本に招聘しようと考えていた。旅費や滞在費などの費用をこちらが負担して3週間ほどの日程で招聘するプログラムがあり、それを利用しようと思っていたのである。去年のフィンランド滞在中に、彼女とはそのことを相談してもいた。
 しかし、思わぬコロナ禍で、来年の招聘は非現実的になってしまった。再来年以降にしましょう、ということになった。

 ところで彼女は、私と同じく犬好きである。彼女が飼っていたワンコは去年初旬に亡くなった。私の滞在中も、夫婦して「寂しい寂しい」と言っていた。
 今回のメールに、この夏から再び飼い始めたと書いてあった。写真も送ってくれた。生後まだ9週間の男の子、名前は「Haiku」だそうだ。やっぱり黒ワンコか。前に飼っていたのも黒ワンコで名前はクロだったそうだ。
 それにしてもHaiku=俳句とはまた。知日派・親日派の彼女らしいといえば彼女らしいネーミングである。おそらくだが、Haikuは、発音が英語のMikeと近いから男の子の名前としては、あまり違和感がないのかもしれない。


 私のほうはまだ再びワンコを飼い始めようという気持ちにはなれないでいる。が、もし今度飼い始めるならカティアに対抗して名前を「Tanka」=短歌にでもするかな。そうしたら愛称は「タンちゃん」だろうか(笑)。



[ 2020/07/29 12:17 ] ゼミ | トラックバック(-) | CM(0)

『大学の問題 問題の大学』

7月26日(日)

 ゼミとは別の少人数のクラスの履修者だったM君からメールがきて、大手新聞社の記者職で内定したとのこと。
 現在、大学院の修士課程2年生であるM君が私の授業を履修していたのは2年前のことである。彼は新聞学科ではなく別の学科の学生だったが、当時から記者になりたいと言っていて、その相談にときどき乗っていた。初志貫徹ですね、おめでとうございます。


 この週末に佐藤優と竹内洋の対談本『大学の問題 問題の大学』(時事通信社、2019)を読んだ。大学に関していろいろと興味深い話が出てきた。

 佐藤優は、いま母校の同志社大学などで教えているのだが、優秀な学生には「研究職に就くことは勧めないけれども、とりあえず修士課程までは行けと勧めている」そうだ。その理由は就活である。就活があることによって、学部の3年生の前半くらいまでしか本気で勉強ができない。入試から解放されて大学1年生ですぐにエンジンがかかったとしても、学部だけだと実質2年ちょっとしか勉強できないのである。それでは勉強する時間が足りないからだという。
 私も同感である。修士課程までを勉学の期間と決めてしまえば実質5年間は勉学に打ち込むことができる。上記のM君などは、おそらく大学院に進学したことが功を奏したケースではないかと思う。


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 あと、竹内洋のコミュ力についての指摘も興味深かった。
 近年、巷ではコミュ力が重視されることが多い。竹内によれば、それは従来の知識量や協調性、勤勉性などの「近代的諸力」に対して、これからの時代は創造性や能動性、交渉力などの「ポスト近代型能力」が必要だと言われだしたことと対応している。しかし、このコミュ力なるものは一旦は疑ってかかったほうがいいと竹内は言う。

「コミュ力を発揮しているのは、例えばお笑いタレントなどだが、彼らが発揮するコミュ力は、あくまでも虚構の世界で「空気を読みながら」演じているものであって、これを実生活にそのまま持ち込めば「舌先三寸」とか、「調子のよい奴」とされて、信頼や信用を失いかねない危険なものでもある。
 生き馬の目を抜くような芸人の世界も、実は律義さや「近代的能力」を発揮しながら生き抜いているはずで、そうみれば近代的諸力を軽く見てはいけないのです。」

 全く同感である。日ごろ、大学生を見ていると、一般的にコミュ力にかけては男子よりも女子学生のほうが遥かに高い。相手と円滑にコミュニケーションするというだけでなく、交渉力や調整力にも優れている女子は多い。だから私のゼミでももう何期にもわたって女性がゼミ長を務めている。早い話、男子より女子にゼミ長をやってもらったほうが、いろいろな物ごとがうまくいくのである。
 でもそういうコミュ力と人間的な諸能力一般とは同じではない。だからベースとなる「近代的能力」もしっかり身に付ける必要がある、と竹内氏は言っているのである。


 確かにその通りだと思う。
 コミュ力だけで生きていくことはできない。就活においてもその先の仕事においても、いつか壁に当たってしまうだろう。上記のM君はコミュ力という点で優れているというタイプではない。でも地道な努力家タイプで、誠実に物事を考え続けるようなところが評価されたのではないかと思う。

 ところで、本書のなかに「最近、私立大学のなかには、教員に10コマ近くも授業を担当させる“ブラック大学”があって云々~」という気になる一節があった。
 私の本年度の担当授業は週8コマである。来年度はさらに1コマ増えて9コマになる可能性がある。ということは、私の所属大学は“ブラック大学”ということになるのだろうか。。。くわばらくわばら。。。




[ 2020/07/27 12:50 ] 大学 | トラックバック(-) | CM(0)

お買い物

7月25日(土)

 仕事に疲れると、ショッピングモールのスーパーでお買い物をする。
 週に1度のまとめ買いでは車で妻と近所のOKストア(安売りスーパー)に行くことが多い。でも何事につけても合理的な妻は買い物を楽しむということが殆どない。必要なものを必要なだけ買って、さっさと帰ろうとするから楽しめない。「余計なものを買うんじゃありません!!」

 そこで、すし酢が切れそうだから、などと適当な理由をつけては、時々一人で散歩がてら出掛けてお買い物をゆっくり楽しむのである。そういうときはOKストアでなく、ちょっといいモノがいろいろ置いているショッピングモールの中のヤオコーに行く。

 最近は桃が美味しい。果物の中では桃が一番好きである。でも桃は高い。ヤオコーには「訳アリ品」の桃が置いてあって最近は専らそれを買っている。「訳アリ」といっても、端のほうがちょっと傷んでいるという程度で甘くてジューシーで美味しい。
 しかし「訳アリ」でも桃は高い。大玉とはいえ、「訳アリ」なのに3個セットで980円という値段である。1個300円以上か、下手するとケーキが買えるなあなどと逡巡しながらも、でもやはり食べたいから買う。


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 桃を選んだあとは、しばらくパスタを食べていないなあ、ペンネボロネーゼが食べたいなあと思ってペンネをゲット、それから最近ちょっとハマっている生ハムも購入。OKストアと違ってヤオコーは生ハムも種類が豊富で楽しい。いつもより少しだけ高い生ハムを選び、その生ハムと一緒に食べるモツァレラチーズを買い物かごへ。

 そういえば、タニタの低糖杏仁豆腐も切れかけていた。それから小腹が空いたときにちょっと食べると美味しいトルティーヤチップスも最近のお気に入りである。というわけで1時間くらい時間をかけて好きなものを選ぶ。知らないうちに、切れたモノの補充とは言えない金額(5000円超)の買い物になっていた。
 でも買い物を終えると、ストレスがすっかり解消されている。

 エコバックのなかを覗くと、ちょっと嗜好品が多いなあと思う。ダイエット中の身である。今月の目標には「追い風参考」でもまだ到達していない。たぶん、知らず間食が多くなっていることも原因のひとつであろう。
 楽しいお買い物も、少し頻度を下げる必要があるだろうか。



[ 2020/07/26 17:02 ] ひとりごと | トラックバック(-) | CM(0)

シーズン終了?

7月24日(金)

 カープがめっぽう弱い。
 開幕から1カ月ほどで5度目となるサヨナラ負けを喫した。エース格の大瀬良とジョンソンがともに1軍登録抹消になった。ただでさえ手薄感のあった投手陣が完全に崩壊してしまった。打線が好調なだけに悔しいが、とにかくこの状態では戦えない。
 今シーズンはすでに終了した感じが濃厚だが、他方で有望な若手がどんどん台頭してきているので、ペナントレースは度外視して彼らの成長を楽しむシーズンにすれば良い。…などと気持ちを切り替えなければ、とても見ていられない。それとも今シーズンはもう野球を見るのを止めようかしら。

 
 新聞学科1年生向けの必修の授業(オムニバス)で、先週が私の担当回であった。
 私の回は「テレビ・ドキュメンタリーの世界」というテーマで話をした。ドキュメンタリーとは何か、ドキュメンタリーの制作過程とはどのようなものか、という話をしたあと、5期生の卒業制作番組(約17分)を視聴してもらった。そして、この番組を題材にしながらドキュメンタリーの分析方法を説明した。

 リアぺをみたところ、なかなか好評であった。何となく現場に近い雰囲気の授業は学生達も興味を持ちやすい。それに、何といっても自分達の先輩にあたる学科の卒業生が制作した番組を見ると、いろいろと刺激になるようだ。
 「同じ大学生が制作したとは思えないクオリティの高さに驚きました」「自分もぜひ制作に取り組んでみたいと思いました」「テレビ業界への就職を希望しているので現場の話が聞けて良かったです」といった声があり、なかには「曖昧な動機で新聞学科に入ったが、今回の授業でやりたいことが見つかりました、目標が明確になりました」という声もあった。

 卒業制作の番組は、私が指導していることもあって制作プロセスや背景についてもよく知っているわけで、授業の題材として使うには格好の素材である。5期生のみなさん、良い番組を残していってくれて、ありがとうございました(笑)。



[ 2020/07/25 22:12 ] 講義 | トラックバック(-) | CM(0)

ラスト1分17秒

7月23日(木)

 昼に科研費の説明会、13時半から新聞学科会議をいずれもZoomで。
 学科会議は少しあいだがあいて一ヵ月ぶりだった。学科の先生方もいろいろとストレスを溜め込んでいるようで、久しぶりに顔をあわせて半分愚痴大会みたいになった。コロナでは学生達がストレスを溜めているようだが、教員や職員だってやはりいろいろとストレスが溜まっているのである。
 いつもは30分以内で終わるようにしているが、昨日は実に2時間以上に及んだ。
 
 夜、NHKの『コズミックフロントNEXT 奇跡の新大陸!? 西之島 地球史の冒険者たち』を見た。とても面白かった。
 2013年から噴火を始めた西ノ島は、地球上で唯一、地球の大陸を形成した安山岩を噴出する火山であり、太古の地球においてどのように大陸が作られたかが、いわば再現されているのだという。知らなかった。
 このままいけば西ノ島はやがて地球上で7番目の大陸になる可能性があるらしい。ということは、日本国の国土が現在の何倍にもなるということか。もちろん、今どんどんと成長して大きくなっているとはいえ、あの小さな島が大陸といえる大きさになるまでには、(よく知らないが)何万年だか何百万年だか、そういう気が遠くなるような時間を要するのだろうけれど。。。


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 見ていて面白い、というかどこか癒されるような気がするのは、そういう気の遠くなるような時間の流れにあっては、今私たちが直面しているコロナだって、別にどうということのない一瞬の出来事だと思わされるからだ。
 コロナは確かに人類史に残るような大きな出来事ではあるが、でもその人類史というものも、せいぜい1~2万年の話である。地球の46億年の歴史からすれば、ほんの一瞬に過ぎない。地球の歴史(46億年)を1日(24時間)に置き換えると、人類史はその最後の1分17秒ほどである。

 コロナに振り回されて愚痴のひとつも言いたくなるが、せいぜい感染対策には気をつけて、あとはなるようにしかならぬ、と流れに身を任せる他ないのではないか。…どこか別の星のようにも見える西ノ島の火山の映像を見ながら思うのである。


[ 2020/07/24 17:08 ] ひとりごと | トラックバック(-) | CM(0)

追い風参考

7月22日(水)

 ちょうど1カ月前の6月23日、ダイエットを3月下旬に始めてから3カ月間で7㎏減となった。それから1カ月、あともう少しで8㎏減というところまで来てはいるが、でもまだだ。何とか今月中に達成したい。
 毎日の体重は朝食前に測って記録を残している。ときどき、朝食前にジョギングをすることがある。ジョギング後に計量すると、大量に汗をかくこともあって体重は前日よりもかなり減る。これは殆ど水分の重さの減少に過ぎない。だから私はそういう日の記録を「追い風参考」と呼んでいる。
 「追い風参考」でも何でもいいから、早く8㎏減に達したい(笑)。
 
 ちょうど2か月前(5月25日)に緊急事態宣言を解除したとき、安倍首相は「日本の感染症への対応は、世界において卓越した模範である。まさに日本モデルの力を示したと思います」と高らかに宣言した。
 しかし、それから感染は再拡大し、今や緊急事態宣言期間中よりも多くの感染者が出ている。これを第二波というのか、あるいは第一波の続きなのか、よくは分からない。しかし、諸外国のなかでも、いったん収束してからこのように急激にぶり返して上昇カーブを描いている国はない。4月のときに比べて重傷者が極端に少ないことが不幸中の幸いではある。
 「卓越した模範」たる「日本モデル」は一体、どこにいったのだろうか?

 コロナにも気を付けなければいけないし、体重もぶり返さない(リバウンドしない)ように気を付けなければならない。



[ 2020/07/23 08:15 ] ひとりごと | トラックバック(-) | CM(0)

今になって…

7月21日(火)

 原稿が一つ終わった。本の一つの章の原稿(3万字程度)だが、6月半ばに取り掛かってからかなり時間を要した。
 調べながら書き、書いては調べという調子なので、どうしても時間がかかる。途中で迷路に入ってしまい何度か心が折れそうになった。でも収穫もいろいろあった。調べるうちに、いろいろと新しいことが分かった。結果的に、原稿は予定よりも内容を深めることができたと思う。
 
 最大の成果は、広島・長崎における反原爆・平和運動への理解が深まったことである。一般的には、広島・長崎の運動は、原爆による被爆者の運動として「被害の深刻さを訴え、核廃絶と平和を訴える」という「被害者の論理」に立つものと考えられてきたし、私もそのように理解してきた。
 しかし、よく調べていくとそのような、「被害を強調する」「被害性一辺倒」の運動のあり方に対する反省や批判が、当の運動の内部にあり、様々な議論や活動が展開されていたことが分かった。例えば、自身も被爆者であり、戦後は長崎大経済学部教授を務め、平和運動の担い手でもあった岩松繁俊は、『戦争責任と核廃絶』という著書(三一書房、1998年)のなかで、次のように言っている。

「もし原水爆禁止運動がただ原水爆による被害だけを云々し、その被害者としての立場からだけ原水爆反対をいう運動であるならば、原水爆運動への参加者は、加害者としての責任には口をつぐんで、被害者としての苦痛だけをいうエゴ中心の『無責任なひとびと』と同じ次元に堕した連動をおこなっていることになるであろう。」

「私は、日本帝国による加害行為が先行したために、原爆被害が生じたという時系列を重視しなければならないと考える。そしてこの時系列の順序は、同時に論理の順序としての意味をあわせてもつものといわなければならないだろう。原爆被爆問題を論ずるためには、まず加害者責任を問わなければならないのである。」


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 90年代に広島市長を務めた平岡敬市長も、やはり広島において広島の「加害性」に注意を喚起し続けていた。中国新聞記者出身の彼は、記者時代からのライフワークである在韓被爆者の問題を通して、戦前から戦中にかけての広島の軍事都市としての性格、それゆえの「加害性」ということに目を向け、市長として「平和宣言」などでそうした点に言及し続けていた。彼が「平和宣言」で何を言ったかは、広島市のHP内のアーカイブですべて読み返すことができる。

 実は、平岡市長時代の広島に私はいた。
 私がNHK広島放送局に勤務していたのは1994年から98年。平岡市長の任期は1991~99年である。完全に重なっている。広島局時代に、私は何本もの原爆関連の番組を制作し、平和祈念式典の中継などの仕事にも携わっている。
 しかし、当時の私には彼の発している言葉の本当の意味やその背景について十分に理解できていなかった。今頃になって、いろいろな勉強をして初めて、彼の仕事の意義がようやく分かってきたのである。


 もとより、これは単なる私の不勉強と無知によるものではある。
 しかし、自分が生きている同時代のことについて、その意味や意義がその時には良く分からない、ということはおそらく珍しいことではない。
 今回のコロナもそうだ。コロナで国内外が本当に大変なことになった。物事が急激に変化している。しかし、そのことの本質的な意味や歴史的な意義は、同時代人である私たちにはなかなか分からない。
 10年、20年してから、コロナとは何だったのかがきっと少しずつ分かっていくのだろう。その時になって、「もう遅い」「もう少し早く気づいていれば」ということが、なければ良いのだが。。。


 
[ 2020/07/22 17:41 ] ひとりごと | トラックバック(-) | CM(0)